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2006年11月27日

●旧日本軍の特殊潜航艇がシドニー湾で発見される

1942年にシドニー湾を攻撃した旧日本海軍の特殊潜航艇が、このほどオーストラリアのダイバーによって発見されました。
特殊潜航艇はシドニー湾の海中に直立していたそうです。

旧日本軍の潜水艇、シドニー湾で発見される | エキサイトニュース
この特殊潜航艇は甲標的と呼ばれていた物です。1942年に3隻の潜水艦の背中に乗せられてシドニー湾近くまで運ばれた甲標的3隻は、シドニー港に停泊していたアメリカの戦艦シカゴを沈めるべく発進し、シドニー湾内に入り込んで魚雷を発射しました。
1隻の放った魚雷はシカゴを沈めることは出来なかったものの、近くに停泊していたホテルシップを撃沈しています。
1隻は攻撃によって沈められ、もう1隻は逃げられないと観念し自爆しました。2隻はその後引き揚げられ、現在も一部がキャンベラにあるオーストラリア国立戦争記念館に展示されています。
乗り組んでいた計4名の搭乗員はオーストラリア海軍による海軍葬で丁重に葬られました。後日交換船鎌倉丸によって搭乗員の遺骨は帰国しています。しかし、行方不明になっていたこの1隻だけは今日までその所在を確認することが出来ませんでした。

全長およそ24メートル、排水量わずか46トンという甲標的は、元々は海戦の際に母艦より海中に放たれ、敵艦を沈めた後は母艦に戻るよう作られていました。ところが、真珠湾攻撃の際に潜水艦より運用した事から、潜水艦より運用される特攻兵器のような扱いになってしまっていました。搭乗員たちには帰投するよう命令が出されているのですが、敵のど真ん中に忍び込んで魚雷を発射したら、たちまち沈められてしまうのは目に見えています。搭乗員たちは生きて帰れないと覚悟していたであろう事は、想像に難くありません。

今回発見された甲標的は、シドニー北方の沖合5.5キロの海底に直立した状態で発見され、フジツボや海藻に覆われてはいましたが、スクリューや艇に開いた穴などが確認されたそうです。発見したダイバーの一人は次のように話しています。
「わたしたちはでっぱりのある細長いモノを目にして、そう、"まさか、そんなはずはない" となったんです」

また、別なダイバーが甲標的の搭乗員に敬意を表し、発見現場に花輪を贈ったそうです。
オーストラリア政府は日本政府にこの事実を伝え、見つかった甲標的を文化遺産として保護することに決定しました。今後、両国間で引き揚げるかどうかが決定されるまで、このままにしておく事になったそうです。オーストラリアのイアン・キャンベル環境相はこう話しています。
「世界最大級の港を真っ向から襲撃するのは非常に勇敢かつ命知らずの企てでした。潜水艦が50年間以上も行方がわからなかったというのは驚異的です」

今回見つかった甲標的が本物であるとの公式な認定は未だに出されていませんが、オーストラリア海軍はダイバーによる調査を行っており、本物であるとの確信を持っているそうです。

行方不明となっていた甲標的が見つかったのは、4年前にハワイ沖で発見されたものに続いての事です。よくぞ見つけてくださったと、心から発見者には感謝したいです。一日も早く公式認定が出され、搭乗員のご遺族に伝えられる事を願ってやみません。

追記:
中日新聞の報道によると、オーストラリアではこの出来事をテレビで報じていたそうです。それによると、見つかった甲標的は魚雷発射管や司令塔が確認された他、機関銃で撃たれたような穴も開いていたそうです。また、NEWS.com.auによれば、見つかった甲標的は非常に良好な状態で海中にあるようです。
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